2015年12月11日金曜日

雑誌『BUAISO』 第14回目は「プレゼンテーション(5) ~振りかけるだけで話がイキイキする魔法の粉とは?」 です

前号では、「ことば」の始まりについて触れ、使うことば、選ぶことばの大切さ、プレゼンなどの場でことばを厳選することの重要性について触れました。
 ことばの形成期、類人猿たちは、乳児が使う喃語のような、動物の鳴き声ともとれる声を発し、ボディランゲージや目の前にある物などを使って伝達手段を補ったのではないだろうかと思われます。その後の発達の中で、言語を使えるようになった際、言葉はどうやって形成されていったのでしょうか。よく、幼い子どもが犬を指して「ワンワン」と言ったり、何かを説明するのに(往々にして意味不明に)「それがね、ドンってなって、ワッてなったの」などという表現で話すのを耳にしますが、もしかしたらヒトも、最初のころはそのようなプリミティブな擬声語・擬態語で会話をしていたのが、だんだん周囲の人が合意する「ことば」を共通化し、「言語」としてルール化することでみんなの物になっていったのかな、などと想像します。
 この擬音語、擬態語はフランス語でアノマトペ(onomatopée)、英語ではオノマトペア(onomatopoeia)とも総称されまして、私はこの音が好きなので、ここでは以後アノマトペという語でお話ししたいと思います。格調高い文章では、稚拙な表現だとして退けられることの多いアノマトペですが、その一方で、特に口語表現の世界では、表現を躍動感あふれるものにする効果があると思います。

翻訳者の苦悩

 まず、このアノマトペ、実は日本語は数ある言語の中でも一番多くの表現があるということです。例えば、「笑う」という動作を表現するだけでも、「にこにこ、にこっと、にっこり、にやにや、にやっと、にやり、くすくす、からから、げらげら、にんまり、にっと、にたにた、にたっと、へらへら」などなど、たくさんの言葉があります。英語では、laugh、smileに加えて、cackle(キャッキャッと)、giggle(くすくす)、grin(にやり)、whinny(馬のように笑う)などの表現はありますが、今挙げた日本語の「笑う」を訳そうと思っても、ぴったりとした訳語はありません。仕方なく文脈で言葉を補って、「笑い」の種類を伝えたりせざるを得ません。中国語では、笑い声の擬声語は、「嘻嘻(にこにこ)、哈哈(はっはっは)、呵呵(はっはっは)、嘿嘿(へへ、ふふ)、嗤嗤(せせら笑う)、咪咪(にこにこ)、 嗤(ぷっ)」など数種類あるそうですが、場面に応じて、笑い方が瞬間的だったのか、それとも長いこと持続しているのかなど、言葉を補って状況を説明する表現を加えているそうです。
 翻訳というお仕事の辛さがなんだか身に染みてきます。他方で、日本語がどうしてこれほどまでに豊富な表現擬態語・擬声語表現を手にするに至ったのか、想像するだけでなんだか楽しくなります。大陸や北方、あるいは南方の島の方からいろいろな言葉が混ざった結果なのでしょうか。

魔法の粉のような“アノマトペ”

「目がキラキラしている」は「目が光っている」では表せない表情があり、「牛乳をがぶがぶ飲む」は「勢いよく飲む」では表せない勢いがあります。
 こうしたアノマトペは、話し言葉だけでなく、書かれる表現にもあります。例えば、年々長文化してきている外食店のメニュー表記。「水菜サラダ」と言う代わりに、「シャキシャキ水菜にカリカリジャコ乗せ」といった具合です。「もっちり」「ふんわり」「とろり」などの表現も多用されているように思います。いずれもただ、「パン」「卵」「プリン」と言われるより、アノマトペがつくとなぜか、一層おいしそうに聞こえるのが不思議です。最近では、外食店のみならず、コンビニの商品名に至るまで、気付けば身の回りのあらゆる商品にアノマトペの粉が振りかけられているような気がします。きっとある時、この振りかけるだけで魅力的な食べ物に聞こえる「魔法の粉“アノマトペ”」の存在に外食業界が気付いたのかもしれません。
 企業のブランド名やコンセプトなどにも使われることがあります。適度な湿度を「うるるとさらら」と表現しているエアコンブランドがあれば、Zoom-Zoomというブランドコンセプトを打ち出している自動車メーカーもありますね。同自動車メーカーによると「子供の時に感じた動くことへの感動を愛し続ける皆様のために」表現されたそうです。CMで聞くたびに楽しい気持ちになります。
 さらに、スポーツ界では陸上選手の走り方を向上させるのに「ポンポンではなくグイグイ走れ」というようにアノマトペが使用されていたり、医療の現場では病気の症状を表現するのに医師が「チクチクしますか?」「ズキンズキンと痛みますか?」と積極的に患者にアノマトペを使って語りかけていたり、ロボット開発の現場では、いかに滑らかな動きにするかという議論でもアノマトペが多用されていたりと、魔法の粉によって、実は日本人の表現力が範囲も深さも広がっていることに気付きます。

達人、宮沢賢治

point (2) アノマトペといえばこの人の右に出る人はいない、と感じるのが宮沢賢治。わたくしは子どもの頃、宮沢賢治の本を何冊かは読んだものの、どうもあまり好きにはなれませんでした。その理由は、読んでいると何となく何者かが背筋を這うような、ぞくぞくとした気持ち悪さがあったから……。しかし、今思えば、このぞくぞくとする生々しさの大きな理由がこのアノマトペにあったのではないかと思うのです。大人になって改めて読んでみると、いやいやとんでもない! 何とも面白いではありませんか。
 必死に考えてこれだ!と決めて書いたのか、それとも、頭に次々浮かんで、自然と筆をついてサラサラ書かれたものなのか、今では本人に確かめようがないのですが、これ以上の情感の豊かさはなかなかないように思います。なにより、読んでいて笑顔になってきますよね。

アノマトペは稚拙な表現?

 他方で、アノマトペが必ずしも評価されない場合もあります。例えば、中野重治が志賀直哉の『暗夜行路』を評価した随筆には下記のように書かれています。
「(志賀直哉は)概念的ひろさに従わなかったときと同様、犠牲的に表現することがない。必ず他の言葉で、いわば思惟的に説明する。(略) つまり原則としてオノマトペイーがない。ある種の、五流・七流作家などのやる『じっくり腰をおちつけて』『にんまり笑った』の類を決して書かぬ。人間の心理的変化・位置などを犠牲的に表現する境から出て、感覚的近似値でなく、知的・思惟的連合観念で彼は言い表す。このことで、このスタイルはオノマトペイーによるスタイルより大体において高級ということになる。」
 アノマトペを使うことが五流・七流かどうかは別として、アノマトペを排除して論理的な言葉のみで表現すると格調高く聞こえるというのは真実かもしれません。恐らくアノマトペは口頭表現やカジュアルな表現の場合により活躍する言葉であり、逆にアノマトペによって論理的には聞こえなくなってしまう場合がある、という負の側面には留意しなければいけないというわけですね。

スティーブ・ジョブズのプレゼン

スティーブ・ジョブズは「Boom!」などのアノマトペをプレゼンの中で多用した
スティーブ・ジョブズは「Boom!」などのアノマトペをプレゼンの中で多用した
 近年、世界的なプレゼン上手といえば故スティーブ・ジョブズが挙げられるでしょう。彼は実は、プレゼンの中で、”Step one, step two, and Boom! ―There it is!”というように、アノマトペを多用したことでも知られています。スティーブのこの”Boom”は、ちょっと人をびっくりさせる時に使ったり、「ほら!」という日本語にあたるフランス語の”voilà!”やマジックで使われる”hey-presto!”に近いものではないかと考えられます。
 これらの言葉は、人間の根源的な感覚に訴えて、スティーブのプレゼンを実にイキイキと、そう、まさにStay Foolishを体現するツールの一つとして表現されていたように思います。

たまには使ってみたら?

 現在、「子どもたちの話す力の向上」を標榜する社団の活動を通じて、学校へ出前授業に赴いたり、ワークショップを行ったりしておりまして、その中で、子どもたちの様子を見ていると、もちろんどの発達段階においても、もじもじして人前で話すのが得意ではないというお子さんはたくさんいるのですが、中でも小学校高学年くらいから、発表が堅苦しくなっていくように感じます。ますますボディランゲージを使わなくなり、一生懸命、自分を型にはめて、「きちんと」表現しないといけない、と考えているように見えるのです。しかし、そのお子さん方たちも、お友達同士で話している時は、アノマトペたっぷりにイキイキと会話していますし、大人であっても、話をしていて本能的に気持ちよく感じる言葉のほうが好きなのではないかと思うわけです。
 日本語には、せっかくたくさんのアノマトペがあるのですから、これを有効活用しない手はないと思いませんか。あまり多用するとちょっと稚拙に聞こえてしまうのもまた真ではありますが、ここぞという時にエッセンスとして加えると、実はとても効いてくる躍動感あるプレゼンに仕上がるのではないでしょうか。もし今、お手元にプレゼン原稿を抱えて、会議の場でなんて話そう、なんて悩んでおられる方がいらっしゃったら、このようにピリリと効く魔法の粉を、途中でふと振りかけてみられたらどうでしょうか。会議の場で相手が聴いていない、寝ている、なんていう不幸な場面を、少しでも回避できるのではないかと思います。