2013年3月10日日曜日

日本文化の再認識


昨日は、重要無形文化財 の一中節宗家十二世である、都一中先生の三味線の演奏を聞きながらのお茶会に参加しました。


突然、参加者で全員で「まづ一番に武蔵野や」と謡うことになり、ご指摘もあり気付いたことは、三味線の調子は、全て右肩上がりになっているのだということ。そんなところにも細かく縁起をかついでいるのですね。ちょっとした間合いでうまく皆さんが呼吸を取ったりすれば、ここの皆さんは「気が合う」、何かビジネスをやったらうまくいきますよ、と持ち上げて下さったり。

芸術は何でもそうですが、とにかく極めるのにどれだけの時間と負担と信念を傾倒されたかを思うと、それぞれの言葉の重みも違ってきます。

面白いな、と思ったのは、スポーツと芸術というものの差異について仰っていたこと。
「スポーツは日々訓練して、試合・本番で最高の状態に持って行き、普段は出せない記録に挑戦したりもする。それに対し、芸術の分野は日々お稽古するが、舞台で最高の演奏ができると思ってはいけない。本番で最低でもお客さまに恥じない演奏ができること、その最低限のレベルを上げるために日々精進するのだ。」と。
これは幸いにしてスポーツも音楽も、素人ながら縁のある生活を送ってきた身には、腑に落ちるお話でした。この点もう少し自分なりに深く探ってみたいと思うお言葉でした。

また、「海外の人に日本のことを語るのに、日本の文化についての教養がないとリスペクトされない」、とは今の仕事をやっていて、痛感していることだっただけに、重みのあるお言葉でした。

茶道も華道も書道も楽しんでやったけれど、語れるほど極めていないし。音楽は日本の楽器をできるわけでもないし、まだまだやることがたくさんあって、時間をもっと有効活用しないと、と強く強く思いつつ、こういう文化に触れて何だか日本人に生まれたことが誇らしく思った夜でした。