2016年9月20日火曜日

アルバ・エデュのブログを更新しました ~「大人の自由研究」~ペリー来航を考える


「たった四杯で夜も眠れず」とうたわれたペリーの黒船来航。この夏、子どもの夏休みの自由研究に付き合ってペリーが来航した久里浜を訪ね、そして数冊の本を読んで、彼の生き様と日本の当時の状況について学んでみました。
 来航した久里浜は今ではこんなビーチになっています。マリンスポーツを楽しむ人でにぎわっていました。
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いったん4隻で来航して大統領の白書を手渡したペリーは、翌年9隻で来航します。2度目は、本来は11隻で来るはずだったのが、米国内の政権交代によるアジア政策転換などもあり、9隻に減らされた無念、それでも燃料供給や航行の安全は綿密に計算し、船上でも印刷機を用いて、新聞を発行したり、演奏会を催したり、船員の士気を維持することに腐心した様子もいろいろな本に描かれています。

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ペリーは来訪前、18-19世紀に出版された日本に関する書物を多数読み、「日本人はメンツを重んじるが、最初から高圧的に出れば、引っ込む国民だ」ということなど、日本人の特性を事前に勉強し尽くしていたことなどが印象的でした。歴史でも実生活でも繰り返し出てくるテーマですが、「相手を知る」ことは成功への第一歩なのですね。

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湾を一望して感じたことは、まだ蒸気船なるものを見たことがない当時の奉行や村民が、驚きようは想像に難くないです。一回目の来航時、国書を手渡して帰るかと思いきや、測量を始めた時には、民衆の恐怖心に火が付き、逃げ惑う人で人夫や風呂敷の値段まで高騰したといいます。

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近くにある「くりはま花の園」という植物園まで足を伸ばしてみることにし、長い坂道を歩いて丘をのぼりました。いくつかの本で、村民が見学するために上った丘、というのはおそらくここのことではないかと思います。ここからは湾全体が眺められますが、初めて見るものへの恐怖心とは裏腹に、多くの村民や村以外から噂を聞きつけて好奇心からやってきて、人々でごった返していたようです。
 こちらの記念碑は伊藤博文の揮毫によるもので、1901年に日米の関係強化を企図して、盛大な記念式典とともに建てられたものです。その後、戦時中に引き倒されたりしたこともありましたが、また1953年には米国の占領政策の一環として「ペリー」が和平の証として利用され、黒船祭りというのが盛大に行われた記録が残っています。

その後の年表を思い出して調べてみました。
ペリーの来航5年後には、通商条約が締結され、その後、開国へ向けて政治体制が変革するほどの転換を見せた日本です。中国のようにアヘンに侵されたり領土の一部が租界とされたり、また他の後進国のように植民地化されるまでには至らなかったのは、ラッキーだったと言えます。

日本中国
 1840 アヘン戦争(~1842) 
 1842 清とイギリスが南京条約
1853 ペリー来航 
1854 ペリー二度目の来航
日米和親条約の締結
 
 1856 清でアロー戦争(~1860)
1858 日本で安政五カ国条約の締結
(米蘭露英仏との修好通商条約)
 
1859 安政の大獄 
1860 桜田門外の変 
1868 大政奉還 

今回一つ興味深いと思ったのは、この黒船来航という非常事態に対処すべく、政府が当時、御家人から一般の村民にいたるまで、広くソリューションを求めたことです。鉄の棒を船底に刺しておいて喫水値が下がったら突き刺さるようにしたら、とか、材木組合からは材木で囲い込んだらよいとか、いろいろな意見があった中でもっとも光っていたのが勝麟太郎(海舟)の建白書。「軍艦を購入し、海軍を創設して、海兵の訓練を急ぐべきだ」、というものでした。当時売れない蘭学者だった海舟はこの建白書が政府の目に留まり、その後、体制内に取り立てられていきます。このように若い考えを取り入れる仕組みと気風が当時あったことが、紆余曲折はありながらも日本を救った一つの要素のように思いました。

アルバ・エデュでも、こんな風に自分の意見を堂々と言えるような子どもたち若者たちがどんどん出てくるようなお手伝いをしていきたいと強く思ったのでした。


参考文献
『ペリー提督 海洋人の肖像』小島敦夫
『ペリーと黒船祭』佐伯千鶴
『ペリー来航』西川武臣
『幕末史』半藤一利
『「日本人論」再考』船曳建夫

2016年5月27日金曜日

5月19日に、株式会社Too主催の「これからの時代を生き抜くために必要な世界最先端の教育とテクノロジー」というセミナーに参加してきました。
当初、同時通訳をというご意向だったので、どきどきしながら待機していましたが、皆さまご理解している様子で必要なくなったため、途中から英語部分の議事録取りという役割に変更。微力ながらお手伝いしました。
アルバ・エデュのロゴはこんな中に入ってもかわいい♡!と一人、自己満足に浸っていました。

2016-05-20

セミナーは、田村こうたろうさんによる「”今”日本の親は何をするべきか!」というオープニングスピーチの後、
「世界最先端グローバル教育企業が実践している具体的教育カリキュラム」というお題で、シンガポールのThe Keys GlobalのCEO Ayeshaさんが英語でスピーチをされました。現代の技術がどこまで進歩しているか、というお話と、そんな中、子どもたちの教育はどうあるべきか、についてのお話でした。詳しくは下記に添付する「要約」をご覧いただきたいのですが、個人的には弁護士ロボットのお話や、人体の機能を部分的に代替すること可能性についてのお話がちょっとぞっとするものがありました。
Keysが取り組んでいるSTEM教育(Science, Technology, Engineering, and Math)については、ちょうどアルバ・エデュが提携したユニカルアカデミー(クロスカルチャー保育園@神谷町)が日本では先駆け的存在で保育に取り入れているものです。
次に登場されたのが医学博士、斎藤元章氏で「AI(人工知能)時代を生き抜く術」についてのお話しでした。
人工知能が最近、囲碁や将棋で人間を負かしたというニュースが議論になりますが、そんなのはまだ序の口、これからますます人工知能が満ち溢れていくようです。人間が行っている分析(パターンを見出し、仮説を立て、実験により検証し、仮説を修正・変更し、結論を導き出す)ということもいずれ可能になるとのこと。そうなると、人間が資産管理や研究開発するのは時間の無駄とも。これで現在の仕事で何割にあたる人の仕事が不要になる、という議論はよく出てくるのですが、むしろ「人間は不老になり、勤労の必要がなくなり、お金にまつわるすべての問題が解消する」、というポジティブなお話が、興味深かったです。
また、齋藤さん自身の原点は、「小学生の時に朝顔の発芽について調べたこと」で、それが自分の科学への好奇心をますますかきたて、今の道に進むきっかけになった、とおっしゃっていました。その自由研究はお父様が横でヒントを出しながら、何度も試行錯誤をして取り組み、最終的には賞を取られたとのこと。「自然に対する理解や畏敬の念というのは大事。IT教育も大事だが、子どもは自然の中でこそ遊ぶべき」という最後の言葉もとても印象的で、且つ、ほっとするお話でした。

++++以下、英語部分の要約です++++
「世界最先端グローバル教育企業が実践している具体的教育カリキュラム」
By Ayesha Khanna, CEO
The Keys Global
【Keys Academy 紹介動画】
  • 低年齢での刺激、多様性が担保された環境
    ・Keys Academy(以後「Keys」)は国籍や出身地など、いろいろなバックグラウンドを持つ子供たちが集まっ て刺激しあう場である ・もっとも知能や人格が成長する年齢の子たちに、最高の刺激を与えられることが特徴
  • 最高最高水準の知見によるプログラム開発 ・プログラムの構築にあたっては、子どもたちにとり、何がもっとも素晴らしく、また何がもっとも楽しいかとい う議論をずっと積み重ねてきた ・各種科学分野、算数であっても、「楽しい授業」の構築を常に心掛けている ・革新的な学問分野、マネジメントやテクノロジーについても、子どもたちが咀嚼できるよう、プログラムを工 夫の上、提供している
    ・各産業からその分野の第一人者を招聘してプログラムを開発している
    ・例えばデンマークの IT 企業と工学系大学とで、子ども向けのシリコンバレーキャンプを実施
  • 家族との対話も重視 ・親御さんにもアドバイザーとして参加をお願いしている ・プログラムについての相互理解ができるよう、説明は十分にしている
【Ayesha の自己紹介】 ・ハーバード大学はフルスカラシップで卒業、その後ウォールストリートで働き、子どもを持ったことをきっか けにこの Keys を設立した
・現在、7 歳と 4 歳になる子どもの母親
自身は博士課程におり、もうすぐ論文の締め切り!
すべてを両立している
【現状分析と今後の見通し】
今日存在している 47%の仕事は 20 年後に自動化されると言われている
●現在の技術の進展
難解と思われた頭脳労働も AI が取って代わる時代がやってきた
Ross という愛称の人工知能を持った弁護士ロボットまでが登場している ハーバードで法律の学位をとったオバマ大統領も、現在学生をやり直すとしたら別の分野を志すだろう
精巧なロボットが 22 千~1.5 百万ドル相当で買える時代になった。表情があるロボットなど、汎用性の高い ものも増えてきている
子どもたちのクリスマスプレゼントにおもちゃを買うこともなくなる。3D プリンターがあれば自分で作れる時代 がやってきた
Crispr のような新しい遺伝子改変技術も登場
耳を切り落として AI を埋め込むという話まで!(そんな手術に同意する人は今回の会場ではいなかったが) 実際に音楽の世界で切磋琢磨している人など、世界中で大いに要望がある
AI を埋め込んだ眼球、その他、体中に対応していくことにより、人体の機能が変化することになる
  • 変化に対応した最先端のプログラム
    このような世界の変化に対応する形で、Keys では最先端の講座を子どもたちに提供している
    CSI(Crime Scene Investigation)訳して犯罪現場捜査の授業は子どもたちの人気講座の一つ。これも FBI の科学捜査班などの知見をベースにしている
    Fintech については、同じく現在の最先端の技術を応用し、少し年齢が上の世代(12-18 歳)に対し、キャン プを提供している

【Q&A】
Q: 実際に行きたいが、保護者にはどのようなサービスがあるか?
A: 親後さんには空港からのピックアップから宿泊施設の提供、英語やコミュニケーション学についての講座 なども開設している
Q: 大学生だが、勉強すべき内容について
A: 科学、技術のみならず、詩、音楽、その他芸術分野は非常に大事 自分が専門ではない分野についてはチームを作ればよい
Q: 現在の参加者のポートフォリオ
A: 男女ほぼ同数。女の子にも同等にキャリアの道を開きたいと考えている
Q: 親が英語を話せない場合は?
A: 各種フルサポートをしているし、親子参加型のワークショップも提供している
以上

2016年3月31日木曜日

アルバ・エデュのブログを更新しました ~プログラミングキャンプが世界を変える!

Life is Tech! というITプログラミングのキャンプやスクールをやっているとんでもない集団がいます。このたび、晴れて新中学生になった(微妙に小学生でしたが)息子をそこの3泊4日のキャンプに入れ、最終日の説明会&発表会に参加してまいりました。

子どもたちは、学年はバラバラのチームに分かれ、大学生のメンターたちと寝食を共にしながら、午前午後に開発をし、最終日の発表の場に向けて作品を作り上げます。保護者たちはその4日目の午後から集められ、その発表を聞くのですが・・・

感想を一言でいうと、母までが「眠れなくなるほど興奮した」でした。

特に子どもたちの作品発表と個々に発表を述べる場では、以下のような声が多く聞かれたのに、驚きとともに感動を覚えました。

ー社会の見方、物の見方が変わった!
いろいろな機械の裏側がどうなっているのか、知りたくなった、また作ったエンジニアたちのすごさに気付いた。社会の仕組みがどうなっているのかに興味がわいた。

ー自己効力感!
ゼロから自分で作った物が動く時に自分の力でこんなことができるんだということに気付
いてうれしくなった。どんなアプリを開発すれば人の役に立てるだろう、と街を歩く時にも、人に会う時にも常に考えるようになった。

ー試行錯誤&チームワーク!
エラーを見つけて、エラーを自力で直す、それが叶わなければ人に聞く、またはチームで力を合わせて修正する。それを繰り返しやるとだんだんエラーが消えることが分かった。

この合宿の場を差配し、子どもたちをメンタリングし、プログラミングを教え、寝食からアクティビティまでを共にし、説明会まで仕切っているのはものすごい数の大学生。その人数と熱気、子どもたち一人ひとりの発表の際の優しさ溢れるポジティブな声かけ(これがまたうねりのようで鳥肌が立つほど)、そして司会進行は芸人かと思うような面白さで、参加している子どもたちの目がきらっきら輝くのも頷けました。高校を卒業すると、今度はこの学生として運営サイドで携わりたい、という子が非常に多いというのも、これまた首肯できます。そうやって生態系ができあがっているところが、これまた素晴らしいと思いました。

保護者向けの説明会でのお話で心に残ったのは以下のような言葉でした。いずれ陳腐化する「地図」ではなく、コンパスを持って「自走」できる子を育てたい誰かを笑顔にしたい、という思いが、ITの力を使うと個人でも可能になるWhy don't you change the world?

うーん!こんな若いパワーが自己増殖してくれたら、世の中変わるかも知れない!という思いを強くしました。今回も羽田着のタグを付けたスーツケースのお子さんが多くみられ、関西からはたくさん、北海道からも沖縄からも中高生があつまっていたとのこと。2010年に始まり延べ14000人以上が参加し、シンガポールやオーストラリアにも展開を始め、Google RISE Awardsという Googleによる世界のICT教育組織に与えられる名誉ある賞を東アジア地域で初受賞されています。

このとんでもない集団を作り上げたLife is Tech!代表の水野雄介さんには、実はわたくしどもアルバ・エデュが過去にメンタリングしていただいたことがあります。どのように活動を広げていくべきかについて相談に乗っていただいたのですが、実際に同氏が作り上げたこの活動を間近に拝見して、改めてその言葉を振り返って噛みしめたのでした。

昨年は『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由』を記された竹林暁さん運営するTENTOの発表会で、アルバ・エデュとしてプチ講習をさせていただくご縁もありました。
昨今、多く開かれているプログラミング教室やロボット開発教室など、ITで創造力が育まれる諸活動の趣旨や教育上の観点は高く評価しております。今後、様々な活動と提携してまいりたいと考えております。
(Aska)

2016年2月3日水曜日

アルバ・エデュのブログを更新しました。~海外の投資家と接して・・・

前にもお話ししたかもしれませんが、私がアルバ・エデュを立ち上げようと思い立ったのは、私が経営する会社を通じて、日本企業の海外への情報発信や、日本市場への参入・投資を考えている海外企業のお手伝いをする中で、日本人の「話すちから」が弱いゆえになんとも惜しい現場をこれまでに幾度も見てきたことに起因しています。

さて、その海外企業のお手伝いで、先々週の頭から2週間弱、顧客である米国の資産運用会社の方々が来日しました。今回は、資産運用業界では有名な同社のCEOも来日しました。同社は、従業員の勤続年数が資産運用業界においては例外的に長く、「よほど居心地のよい会社なのだろう」程度に思っていたのですが、今回一緒にそのCEOとお仕事をしてみて、「なるほどこの人物にして、この離職の少なさなのか」と納得。米国のスポーツ協会の役員も兼ねるなど、業界を超えて顔の広いそのCEOから、今回、改めていろいろなことを学びました。

そのCEOはもちろんプレゼンも上手。知識が広く深く、専門的な内容であっても誰にでもわかりやすく簡単に説明する能力にたけているほか、話し方にも濃淡があり、長い時間お話を聞いていても全然飽きることがありません。特に、感動的だったのが比喩の使い方!例えばある業界の構造を説明する時に、具体的な会社名を挙げて話を展開されるのですが、今回の聞き手は日本人ということで、取り上げる会社の中には日本企業の名前を、「良い例」として取り上げていらしたのです。「建機の業界で言えば、コマツとキャタピラーと日立建機があるけれど、その中で例えばコマツと日立だけシェアが伸びたとする・・・」と、そんな具合です。まぁ、お世辞上手ともいえるのですが、その例示があまりにも自然でさりげなく、聞いている日本人は、私に限らず皆さん、まるで自分の子どもを褒められたかのようにうれしそうな表情をしていました。

彼は日本の各種スポーツ事情にも詳しかったので、従来から日本に精通されていらっしゃるのかと思ったら、今回が初来日だというので、またまた驚いてしまった次第。「いつも海外をどこか飛び回ってるからね。出張が決まってから出張先の国のあらかたのことは勉強するさ。インターネットでなんでも情報を取れるから、良い時代になったね」なんておっしゃっていました。

彼はまた、日本の会社がジェネラリストを育成するために行っているローテーションシステム(人事異動)についても警鐘を鳴らし、「これだけ専門性が必要とされる時代にあって、会社組織のリーダーを育てるためのジェネラリストはいらない。リーダーシップはそのような人事システムからは育たない」と断言していました。メンバー個人には、一定の仕事と責任を与えて、実績を出してもらう。そして、そのようなメンバーがチームとなってコミュニケーションをとって連携をする。そのようなフラットな組織を、いたずらに膨張することなく運営するようにしないと、これからの時代を機動的に乗り切っていくことはできない――。彼とのそんな議論は、私がアルバ・エデュの活動において、子どもたちのリーダーシップやチームの連携といった力をいかに養っていくかを考える上でも、とても勉強になりました。

別の投資家さんからは、とてもショッキングな話を聞きました。私と同世代の彼は、多少日本語がわかるのですが、彼いわく、「自分の代ではハイスクールから日本語を学ぶ人は、フランス語、ドイツ語、スペイン語に次いで多いくらいだったけど、今はどの学校もアジアの言語で圧倒的に選択者が多いのは中国語で、日本語は数名いるかいないかと聞いている。日本語選択者の数は、かつての1/10くらいにまで減っているような感覚がある。しかも、ビジネスのために日本語を学ぼうなんていう人はほとんどいなくなり、アニメに興味があるとか、そういった日本のサブカルチャーへの興味程度になってしまった」とのこと。私自身はもちろんですが、日本びいきな彼自身もその現実を悲しく受け止めていらっしゃいました。

これまでも、ジャパンパッシングの現実はいろいろな側面で感じてきましたが、米国の教育現場で起きている状況を実際に耳にすると、今後ますますこの傾向に拍車がかかるのではと危惧します。このまま何も手を打たなければ、日本の存在感はますます低下してしまいかねません。私は、このような現実を、これからを担う子どもたちにはことあるごとに伝えていく必要があると考えています。そして、今までとは違ったポジションに置かれる国力の中で、どのように生き抜くかという施策を、大人も一緒になって早急に考えていく必要があると思います。

ビジネス社会の生の動向を肌に感じながら、今後も子どもたちの将来のために、さまざまな情報を発信していきたいと思います。
(Aska)

2016年1月5日火曜日

雑誌『BUAISO』 第15回目は「オーケストラの魅力 ~エル・システマの魔術」 です

 以前66号で取り上げたピアノに続いての音楽の話題です。
 オーケストラの魅力、について一度書いてみたいと思っておりました。特にベネズエラという、日本からは遠い遠い南米の国で40年前に始まった一つのプロジェクトについて、書いてみたかったのです。

プロジェクト「エル・システマ」

 そのプロジェクト、エル・システマ(El Sistema)は、ベネズエラで始まった公的支援による音楽教育プログラムです。1975年に経済学者で音楽家でもあるホセ・アントニオ・アブレウ博士が「音楽の社会運動」として始めた小さな活動に、当時の大統領ウゴ・チャベスが国家予算をつぎ込み、ベネズエラ全土にこのプログラムが広がりました。現在では全国約290か所の教室に約40万人の子どもたちが通い、オーケストラの数は30以上に上る、といいますから、同国の人口が30百万人弱であることを考えると、1学年の子ども全員が通ってまだ余りあるような人数です。いかに「公的」なものかがお分かりいただけるかと思います。バイオリンなどの弦楽器から、フルートやトランペットなどの管楽器まで、オーケストラで使うすべての楽器が貸与され、家でも練習できる仕組みとなっています。

犯罪国家から文化国家へ、そして世界へ

 当初のプロジェクトの目的は、増え続けるストリート・チルドレンが麻薬や武器に手を染めることを何とか食い止めようとした博士の発案に始まり、貧民街に住む子どもたちにも、犯罪歴のある子どもたちにも、楽器に触れる機会が提供されました。今でも教室に通う8割の子どもが貧困層の出身といわれます。子どもたちは、「拍手された時、自分の人生の中で初めて人に意味のあることをやったのだと思った」「楽器が辛い過去を忘れさせてくれ、人生が変わり、生きる原動力になっている」と口々に感想を述べているそうです。
 チャベス前大統領が支えた音楽活動は、低所得者向けの教育・医療・住宅などの社会開発プロジェクトの一環として、国営石油会社PDVSA(ペドベサ)からの収益を中心とする60百万米ドル規模の国家基金が後ろ盾となりました。結果的には、マクロでの犯罪率の低下には残念ながら至らず、また選挙不正や相次ぐポピュリズム的政策による財政ひっ迫からインフレが頻発するなど、同大統領の政治的手腕についての評価は厳しいものがあります。しかしながら、このプロジェクトの理念は世界中に広がり、いまや50か国でプログラムが展開されています。

ノリノリのコンサート

 このプロジェクトのすごいところは、その人口カバレッジや貧困対策だけにとどまりません。音楽的観点からしても、新しいというべきか、むしろそもそもの音楽の根源に迫るものというべきか、真面目なクラシックという常識を覆すような演奏が繰り広げられるのです。お腹の底から音楽を楽しんでるんだ!という、喜びがあふれ出るような演奏です。ぜひ読者の皆さまもYoutubeで「シモンボリバル・ユース・オーケストラ」を検索してご覧いただき、この感動を共有したいです。他の奏者の演奏には肩を揺らし、立ち上がりお尻を振り、という演奏は見ているこちらまで笑顔になります。

集団音楽活動の利点

 さて、少し一般論に戻り、オーケストラ・吹奏楽・合唱を含む集団で音楽を奏でることの効用について考えてみたいと思います。
 音楽は、自己をコントロールして辛抱強く日々練習することが必要である点、そしてその自己修養こそがより高みに自分を登らせるという点では、スポーツにも似たところがあると思います。またチームワークが土台となり、力の結集がより大きな成果を産むという点も似ています。ただ、外部と競争し勝つことが究極的な目的であることが多い集団スポーツと、集団で行う音楽活動との大きな違いは、音楽では、必ず他の奏者の音も聴き、それに自分が合わせ、共にハーモニーを紡いでいく、その重層的な音の組み合わせ・シンクロに敵味方がない点ではないでしょうか。そこにはスポーツとはまた違った他人との関わり合いや協調性の良さが育まれるものであると私は信じています。全員の心が一つになり、ピタっと音が合って音楽が完成した時には、どこからともなく心が震えるような感動がもたらされるものです。
 また、これらの音楽活動について言えるのは、スポーツに比べてプレーヤーの収容人数が多いこともあります。限られたポジションを巡っての競争はありますが、基本的にはたくさんの人数を集め、練習し、本番壇上に平等に登ることができ、その誰もがヒーロー・ヒロインであり、そして、家族や友人を含めて聴衆も楽しむことができるという意味では非常に懐の深いものなのではないかと思います。ベネズエラが貧困対策としてオーケストラの振興を促し、世界にそれが広まった背景にはこれらの利点が評価されたものと思われます。

エル・システマと日本の関係
 実はエル・システマと日本には深い関係があります。1979年にベネズエラに招聘されたヴァイオリニストの小林武史氏が、師である鈴木鎮一氏の確立したスズキ・メソードを広めたため、今でもベネズエラではスズキ・メソードに基づいた指導が行われているのです。また日本でも、東広島市が地域コミュニティの活性化と青少年の音楽指導を企図してエル・システマプログラムを採用したことが知られていますし、また福島県相馬市の復興を目的に一般社団法人エル・システマジャパンが設立され、震災後、外出がなかなかかなわなかった福島の子どもたちに楽器を奏でる夢がプレゼントされました。エル・システマジャパンのクラウドファンディングには筆者も寄付をして、先日はコンサートも拝見しに行きましたが、短期間にものすごい量の練習をした成果であるその演奏には胸が熱くなりました。

日本の子どもたちにこそ必要なのではないか?

nakatani (2) ベネズエラでは、子どもたちは物質的な貧しさを補い、武器や麻薬を手にしてしまうことを防ぐために、楽器の導入がなされました。日本の子どもたちはベネズエラに比べたら豊かであるとはいえ、所得の格差、教育の格差は進行しています。
 さらに筆者がもっとも懸念するのは年々増加するゲームやスマホに費やす時間の長さです。これらの結果として体力の低下や視力の低下がすぐ話題に上りますが、私は同時に文化面や精神的な豊かさが蝕まれていくのではないかと心配になります。下図のように楽器を演奏する時間が減っていることを含め、音楽に接する時間全体が年々減少しています。楽な方に楽な方に国全体が流れていってしまっているのではないか、その結果、自己修養や協調性を育む場が減り、精神的にも貧しくなってしまうのではないか、そんな風に憂慮しています。
 公園で顔を突き合わせてポータブルゲームに打ち興じる子どもたちをただただ非難したり、禁止したりするのではなく、少しでも代替案を示してあげられないか、と思うのです。チャベス氏が「武器を楽器に」、と言ったのと同様に、「スマホを楽器に」と叫びたい衝動に駆られます。

そこで

筆者が主宰する、音羽の森オーケストラ「ポコアポコ」
筆者が主宰する、音羽の森オーケストラ「ポコアポコ」
 思ったらすぐ行動に移さないと気が済まない筆者は、4年ほど前、地域の友人たちと子どもたちを巻き込んでオーケストラを結成しました。今では演奏者数も80名に上り、この冬も文京区関口にある聖カテドラル教会で演奏します。地元のオケというだけで、同聖堂が唯一、演奏を許可しているオーケストラだ、という事実を演奏3回目にして初めて知った時は感動したものです。子どもたちが大人に交じって一人前の顔をして楽器を奏でているうちに技能が磨かれていく様を見ながら、毎年1000人が集まるこのコンサートで、地域の皆さまにもクラシック音楽に触れていただけることは本当に幸せなことだと思っています。いつかあのように腰を振りながら演奏できることを夢見ながら今後も続けてまいりたいです。
 日本では文化予算が話題になると、「オーケストラという『1ジャンル』に予算はつけられない」というようなことが言われるそうです。福島のエル・システマの例は復興予算を活用したり、クラウドファンディングが奏功したりして、実現したと聞きます。
 ベネズエラに負けず劣らず国家財政に余裕のない国ですし、そもそもの基礎教育の予算まで削られようとしている中で、公的な枠組みで予算を増やすのは難しいことでしょう。
 しかしながら、音楽文化の蓄積は長く、また独自のメソッドまで編み出した力を持つ国であるはずです。民間の力、音楽の力をフル活用して、彩り豊かな文化を育める国にしていきたいと考えています。子どもたち、若者たちが精神面で満たされ、そして大人も共に心が豊かになるような取り組みができないものか。何より、音楽を奏でることの根源的な喜びを一人でも多くの子どもたちに味わってもらえないものか。
 エル・システマがベネズエラの子どもたちにしかけた魔法の力を参考にしつつ、引き続きみなさまのお知恵とお力を拝借しながら、地道な活動を続けたいと思います。